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名知仁子(なちさとこ)のwikiと経歴!ミャンマーで活動する日本人女医

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こんなに愛情と奉仕の心を持って
人助けができる人がいるんだなぁ。

 

名知仁子(なちさとこ)さんが、世界ナゼそこに?日本人にテレビ出演しますが、
その経歴と活動内容が凄いんです。

 

現在はミャンマーで活動し、多くの現地の人を救ってきた名知さんの
アレコレをお届けします。

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名知仁子(なちさとこ)のwiki風プロフィール

名知仁子のプロフィール画像

誕生日:1963年生まれ
学歴:獨協医科大学卒業
卒業後、日本医科大学で内科医として勤務。

 

名知さんが医者を志すようになったのは、
父親の入院がキッカケです。

 

元々頭が良い方だったというわけではなく、
小学生・中学生の頃は成績表で5をほとんどもらったことがないと話している通り、
むしろ、どちらかと言うと出来ない方でした。

 

でも、そこから猛勉強して医学部に受かって、
本当に医者になるなんて凄すぎですよね。

 

大学卒業後に日本医科大学で実際に医療の現場に出て働きますが、
出身校による学校格差、ドラマのような派閥争い、女医への蔑視などがあり、
人生について、どのように生きていくか考える日が多くなります。

 

そんな中
「もし、あなたの愛を誰かに与えたら、それは、あなたを豊かにする」
というマザーテレサの言葉に出会った名知さん。

 

マザーテレサのような献身的な活動がしたいと、
国際医療を志します。

 

それから国境なき医師団に登録し、
タイやミャンマーで難民補助や自然災害時の医療活動に従事します。

 

結婚はしていたそうですが、
家族は恐らく日本に残ったのでしょうか。

 

家族と離れ離れになったとしても、も海外の人を救いたいという強い気持ちの方が
上回ったのでしょうね。

ミャンマーファミリークリニックと菜園の会(MFCG)を立ち上げる

海外で献身的に活動している中、
名知さん自身が乳がんを患ってしまいます。

 

良く、超えられない壁はないとか、
神様は超えられる問題だけを与えるなどの様な考えもありますが、
神様は、何でこんなに頑張っている人に
試練を与えるのだろうと思っちゃいますね。

 

乳がんの手術を行い、抗がん剤治療や放射線療法を受け、
リハビリをしながらも、ミャンマーで暮らす人々の為に
医療活動を継続して頑張ります。

 

そして、ミャンマーファミリークリニックと菜園の会
(Myanmar Family Clinic & Garden=MFCG)を立ち上げ、
特定非営利活動法人の認定を受け、今でも、医療を十分に受けられる環境のない
ミャンマーの為に医療援助活動をされています。

MFCG公式サイト:http://mfcg.or.jp/

名知仁子さんはなぜミャンマーに?決めた理由

なぜミャンマーにしたのかとよく尋ねられるそうです。

 

その理由は、

 

ミャンマーの人々の明るさと、厳しい現状が、
名知さんに気づきを与えてくれたから。

簡単な治療すら受けることのできないミャンマーの人々の力になり、
現地で共に生活し、そして皆で幸せを作っていくことが
自分の人生を賭けて取り組む使命だと思ったから。

 

と語っていました。

 

その想いをもって、村々を診療移動するための車の購入資金を
クラウドファンディングサービスで集めたり、
前述したMFCGの活動などを精力的に行っています。

 

名知さんの理想とする環境が作られるのには
まだまだ時間がかかるかもしれませんが、
今後も体に気をつけながら頑張って行って欲しいですね。

 

私も名知さんのように、人生をかけて取り組める事を見つけたい!

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