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深津絵里の母親の深津諭美子(諭黄・ユンホン)の作品は?肺がんで逝く

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私の好きな女優の一人でもある深津絵里さん。

 

その深津さんのお母さんである深津諭美子さんが
肺がんのために亡くなられました。

 

早すぎる別れに深津さんも、深津絵里さんの父親にあたる
諭美子さんの夫も悲しいでしょう。

 

諭黄(ユンホン)という名前で書道家として活動していた
諭美子さん。

 

その生き方が素晴らしいです。

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深津諭美子のプロフィール

深津諭美子のプロフィール画像

誕生日:1948年(昭和23年)8月24日
出身:大分県別府市
ブログ:http://ameblo.jp/yun-fun/

 

書道家として活動する前は、服飾デザイナーとしての仕事がしたいと、
福岡市にブティックを開きます。

 

その後、実の父の書道家としての血がやはり流れていたのか、
ブティックを閉めて書道に本格的に取り組むようになりました。

 

それからは中国の上海大学で書道を学び、書家の免許を習得。

 

一般的な毛筆を使用した作品だけでなく、
歯ブラシやほうき、たわしなどを使った独自の漢字アートの手法で
個展を開催するなどして活動していました。

 

その漢字アートでの国内外での活躍が認められ、
東久邇宮文化褒賞を受賞しています。

↓深津諭美子さんの作品

書道家の深津諭美子(諭黄・ユンホン)の作品

深津諭美子が諭黄(ユンホン)と名乗っていた理由

娘が有名女優の深津絵里である事から、親の七光りならぬ、
娘の七光りになることを嫌がったのでしょう。

 

そこには母親としての、そして書道家・表現者としての
プライドを感じますね。

 

もちろんそれだけでなく、娘を想う気持ちからの気遣いもあったと思います。

肺がんで余命宣告を受けても書道家としても道を選ぶ

一昨年から体調不良に悩まされ、病院で検査した所、肺がんが見つかり、
医師から余命3カ月、長くても1年と宣告されます。

 

この宣告を受けても家族には黙っていようと思っていた
諭美子さん。医者に家族には告げるよう言われて告白したそうですが、
なんとそこでがん治療を拒否します。

 

その理由は、がんの治療で入退院を繰り返すよりも、
書道家としての人生を生きて全うしたいという事からでした。

 

お母さんが大好きである深津絵里さんも
治療を受けて欲しかったと思いますが、
意志は固く、最終的には諭美子さんの意志を尊重したそうです。

 

それからは余命の3ヶ月を過ぎても生きていましたが、
先日、天国へと旅立たれました。

 

深津絵里さんも、最後まで書道家として生きた母親の諭美子さんを
同じ「表現者」として誇らしくも思っているかもしれませんね。

 

諭美子さんの強い意志、そして生き様が本当に凄いなと思いました。

 

私がもし末期がんになった時に、諭美子さんのような態度でいられるか。
同じように人生に打ち込んでいるものはあるかと考えさせられましたね。

 

ご冥福をお祈りいたします。

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